親鸞会では、信心決定をしていない講師は、会員たちの前で説法をしてはならないとされています。
親鸞聖人の教えを正しく理解していないにもかかわらず、上辺だけの講義はやってはいけないということです。信心決定している講師を善知識と呼ぶのに対し、信心決定できていない講師は悪知識と呼ばれます。高森会長は、親鸞会の講師が信心決定しているかどうかは、見極めることは難しく、講師が講座などで話す言葉を聞いて判断するしかないといわれています。

ただ念仏を唱えれば極楽浄土に行けるのか

親鸞聖人が伝えた浄土真宗の解釈を巡っては、昔からさまざまな論争があるのは事実です。親鸞会は、「ただ念仏を唱えさえすれば死後に極楽浄土にいける」とする教えは、親鸞聖人の正しい教えではないと考えており「他力」だけではなく「自力」の大切さも説いています。
これは、「宿善」といわれるもので、一日にひとつは虫を殺生せず、植物を愛で、困っている人がいたら手を貸すといった小さな善行をコツコツと積み上げていくことが、信心決定に至るまでに重要なお勤めのひとつであると考えています。

親鸞会は、会員に対しお布施の強要やイベントへの参加動員の強要など一切していませんが、親鸞聖人や顕如上人の教えを学ぶほかに、この「宿善」を信心決定のために必要なものとしているところが特徴です。死んでから極楽浄土に行くのではなく、生きている今、信心決定することで、幸福感や満足感を満喫し明るく楽しい人生を送ることができるようになると説いているのです。

善知識から正しい教義を受けること

人生とは、大海原をあてもなくひたすら泳いでいるようなもので、時には大波に襲われて溺れそうになったり、冬は冷たい海で凍え死にそうになったりと、まさに「苦難の海」という表現がピッタリです。家族や財産や名誉・地位などを生きる糧としている人がいますが、それは海に時折落ちている板切れや丸太ん棒に過ぎないと親鸞聖人は教えられています。その板切れや丸太ん棒にしがみついている限り、信心決定は叶いません。

早くこの苦難の海を渡っていくことができる「大悲の願船」に乗り込んで、楽しく明るく人生の海を渡っていくことができれば、それが本当の幸福感であり満足感につながるのです。そのためには、親鸞会の善知識の講師から、親鸞聖人や顕如上人の教えをしっかり正しく学びながら、宿善を積んでそれまで抱えていた苦しみや悲しみを乗り越えて、信心を決定することが大切です。
そこで、初めて「なせ生きる」という人生の目的をみつけることができるのです。

一度は諦めかけた人生をお勤めが復活させた

町内会のお祭りの準備で、朝5時から神輿が通過する道を掃除していたところ、急に目の前が真っ暗になり、気がついたら病院のベッドにいたという男性がいました。
医師からは脳出血と診断され、言語障害や記憶障害が残ってしまい、何故自分がこんな目に遭わなければならないのかと人生を憂い、絶望感の日々を送っていました。退院してからも、リハビリなどもやる気が起こらず、症状の改善はまったく見られませんでした。そんなときに思い出したのが、祖母のことです。祖母がいつも「正信偈」という冊子を読んでいたことを思い出したのです。仏壇に行って引き出しを開けると、そこには祖母がかつてよく読んでいた「正信偈」がありました。
男性は、言語障害の後遺症がありながら、その840文字の漢字からなる教えを読んだり書いたりして、意味はわかりませんでしたが、毎日やっているうちにとうとう全文を記憶するまでになっていました。そして、ある日病院で会った医師から「表情が明るくなったね」と言われたそうです。その男性は、正信偈の意味を理解したいと思い、親鸞会に入会し、善知識から法話や講座をうけるというお勤めを行い、信心決定に至ったということです。

お勤めすることの大切さ

富山県射水市にある親鸞会本部会館で、高森会長の法話を聞くことが最高のお勤めであり、当初はそれが入会の条件にもなっていましたが、現在はわざわざ富山県まで足を運ばなくても、全国どこでも親鸞会の教義をうけることができるようになりました。
全国の支部に散らばって布教にあたっている善知識の講師の法話や勉強会に参加して、親鸞聖人の教えを正しく理解し、今抱えている苦しみや悲しみから解放されて、「大悲の源船」に乗って明るく楽しく人生の海を渡っていけるようになることが、親鸞会の目的であります。

親鸞会は、800年前に浄土真宗を開いた親鸞聖人の教えを学ぶ機会をいろいろな方法で会員や、これから会員になろうとしている方たちに提供しています。しかし、これをやりなさい・これを理解しなさいと命令や強要はしてません。その悲しみや苦しみから解放されるためのお勤めをやるかやらないかもあなたの気持ちひとつなのです。先ほどの男性のように「正信偈」を意味はわからなくても書いてみるといったことから初めてみるのも良いでしょう。

まとめ

今を生きる人々は、笑顔の裏に暗い闇を抱えているというケースが多いでしょう。しかし、その悲しみや苦しみあるいは怒りをどのように心の中で処理していいのか方法がわからない、それで苦しみは毎日続いているというまさに苦難の海で溺れかけているような状況です。
どんなに深い苦しみに遭おうと、親鸞聖人の教えを理解し、宿善を重ねていけばきっとあなたは救われ、「大悲の願船」に乗ることができます。